日曜日は快晴。とはいえさすがに疲れて午前中は起きられなかった。午後から少し友達とレムーダ公園、カルヴァリオ山を少し歩いた。カルヴァリオ山といえば第1次大戦の戦場としてよく知られている。今でも塹壕がそこかしこに残っているし、そこら辺を掘れば幾らでも人骨が出てくると言われている。
gorizia
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〔カルヴァリオ山から見たゴリツィア。戦いの後には兵士のうめき声が町でも聞こえたらしい。〕 
 大家さんともめた家賃の件は落としどころに落とせた感じ。
 1日に会ったとき、「調べてみたら、やっぱりヴァレに半額にしてあげていたわ。でもそれは条件が違ったからだよ。まあ、あんたには半額にしてあげてもいいけど、10日には出て行ってよ。」と言われた。出て行けるのは13日って言ったのに、10日に出て行けというのは、新しいルームメート2人に10日間一緒の部屋を使わせた上で、2人からそれぞれ1人部屋使いの家賃をせしめる約束をしたかららしい。「あんたには特別」とかいいつつ、結局大家さんは自分が得をする計算しかしていないのだ。「ま、多分13日でもあの2人はいい、って言うだろうけど」と家賃の半額を私から受け取り、すっかりご機嫌にそうにしていた。
 その後部屋に入ってきた新しいルームメートは「XX〔私〕が10日に出ていくなら、2人はそれぞれ1人使いの家賃を払うけど、そうでなければXXが一部屋を月末までキープして彼女たちは2人使いの家賃しか払わない。」と強硬に主張。私がその中間の案として「私は13日に部屋を明け渡すけど、彼女たちは12日分2人使い、19日分は1人使いのレートで家賃を払う」というのを提案したら、2人は関心を示したにも関わらず大家さんが「全く勝手なんだから。あんたの勝手で出て行くのに人まで巻き込んで!もっと柔軟になりなさいよ。」と私に怒り出した。
 これ以上は時間の無駄と、じゃあ全部払いますと言って全額お金を渡し、一件を終わらせることにした。日本のお菓子と美しい文面の手紙を渡して。大家さんが罪悪感に苛まれているのがありありと見てとれて、ちょっとすっきりした。
 その後大家さんから何度か電話があったけど、もう答えていない。弁護士の友達の電話番号を渡し、これ以上何か問題があったらそっちに連絡を取るよう手紙にも書いておいたから。最終的に引き払う時にでも一言挨拶をして終わりにするつもりだ。と思っていたら、引っ越し前日に私の部屋を見に来る、とルームメートに連絡があったそうだ。そんなことこれまでしたことないのに。なんかまた無意味に不安になったんだろう。
 ともあれ新しいルームメート2人が例の中間案を受け入れてくれたので、間借り人達の間では合意が成立。これですっきりゴリツィアを出ていくことができそう。
sale e pepe
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やっと念願のサーレ・エ・ペペに行ってきた。私が近々日本に帰国するのを知った友達がお昼ご飯をご馳走してくれるというので、図々しくもサーレ・エ・ペペをお願いしてみた。
この店はStregnaというマタユールやカステル・モンテにも近い、チヴィダーレの北の寂しい集落にあって、ゴリツィアからだと車で1時間弱くらい。この辺の地理に詳しくない人にとっては分かりづらい場所にあるのに、店はいつも繁盛している。沢山のグルメ本でも評価されていて、実は今まで2回予約を試みたけど、両方満席だと断れた。客層は「食べ歩きが趣味」という感じの熟年カップルとかグループがほとんどで、駐車場には高級外車が数台停まっていた。でもこの店は評判の割に押さえたコストと地域の伝統的な料理を再生させている点が評価されている。
今日は連れが風邪を引いていて、私も最近アルコール控えめなので、なんとグラスワインで済ませてしまった。ただ本来この店は行き届いたワインリストでも知られているらしく、見せてもらったらコッリオの生産者達のワインがよく揃えられていた。ゴリツィアのダミアンとかオスラヴィアのプリンチッチまで入っていた。
胡桃入りカボチャスープ、薫製ニシンとラディッキオのサラダ〔乾燥ブドウが入っていた〕。猪肉入りフリウーリ風ニョッキ、自分でも真似して作ってみたいチーズ入りのオルゾット(大麦リゾット)、子豚〔maiale di latte〕のヒレ肉のステーキとポレンタ。それにRubiniのトカイ・フリウラーノとメルロー。
sale e pepe
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そう言えば、最近夜はチェントロにある友達の事務所へ行って、コピー取りをしている。イタリアは日本に比べて、コピー制限がかなり厳格に守られているので、顔見知りのコピー屋の所でもじゃんじゃんコピーを取るには若干のストレスがある。と言うわけで友達の申し出は本当に有り難く、せっせと人がいなくなった事務所通いを続けている。

Stregna(Udine) 33040
Via Capoluogo, 19
Tel. 0432-724118
Email alsalepepe@libero.it
 Cormònsコルモーンスついでに、ジャッシコのアグリツーリズモRizに行ってきた。ここは複数の友達と何度も(5回くらい)来ているのに、1度しか入れたことのない店。昨日来たときに聞いてみたら週末のみの営業だと言われた。営業日を外に買いておいて欲しかった…。
 この店に戻りたかった理由は1つ。「フリッコ」。モンタージオの4,5ヶ月熟成させたチーズを茹でてから潰したジャガイモに混ぜてフライパンで焼いたもの。フリウーリ地方の典型的なお八つなんだけど、ここで食べたのが今までで一番美味しかった。今回、それに加えて揚げソーセージ・バルサミコ風味〔タマネギも一緒に炒めてあった〕という、これまたフリウーリ地方の典型的な料理を友達が頼んでしまったので、死ぬほど重たい夕食になった。おいしかったけど。今回出てきたフリコは前回とは少し違っていた。大きくてキレイな形をしているんだけど、前回と比べるとモチモチ感に欠け、細切りにされたチーズが原形を残していた。
 この後超特急でゴリツィアに帰って、日本人の友達と「硫黄島からの手紙」を見た。自爆シーンとか空爆シーンの激しさに気分が悪くなってしまった。1日あちこち動いて疲れていたこともあるんだろうけど、しかしあんなに長くて重い「全篇日本語の字幕映画」〔イタリアでは吹き替えが普通〕を見に来るゴリツィアーニがいるなあ、と感心。映画のせいか、この夜はあまりよく眠れなかった。
riz
caminetto
riz
riz.frico
d'osvaldo
 イタリア・スロヴェニア国境地域に住んでいると否が応でも豊かな豚食文化の一端に触れないわけにいかない。ここフリウーリ=ヴェネツィア・ジューリア自治州のプロシュット生産地としてはなんと言ってもサン・ダニエーレが有名だけど、生産者単位ではおそらくコルモーンスのドズヴァルドが一番だと思う。
 そもそもコルモーンスのプロシュット文化はローマ時代に遡る伝統を誇るものの、現在この町で生産しているのはドズヴァルドのみ。プロシュット生産に人生と情熱を捧げているご主人 ドズヴァルドのプロシュットは薫製されているのが特徴だ。
 この日は数ヶ月まえにドズヴァルドでプロシュットを予約した友達が商品受け取りに行くのに同行する約束をしていたのだ。
写真の10数キロのプロシュットで140euro。そんなにめちゃくちゃ高いものでもないみたい。友達が頼んでおいてくれたらしく、奥さんが工場〔兼家〕の案内をしてくれた。
d'osvaldo
d'osvaldo
〔パンチェッタ。豚バラ。脂肪がいっぱい。〕
d'osvaldo
〔パンチェッタを作る部屋。食欲をそそる胡椒と肉の香りが充満している。〕
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〔友達用に作っているという薫製豚足〕
d'osvaldo
〔絶対見たいと思っていた薫製部屋。鍋の中にはローズマリーが入っている。2階にプロシュットがどばーっと吊されていて、1階から煙が格子状の天井を抜けてプロシュットを燻す仕掛け。〕
 驚いたことに、まだ日本には輸出していないそうだ。ドイツから直接買いに来る客に売る程度であとはイタリア国内のレストランに卸しているらしい。
s.floriano
(サン・フロリアーノの遠景)
 サン・フロリアーノのチェントロに戻り、今度は市役所前を通ってコルシッチへ。ちょっとコーヒーでもと思ったら閉まってた。で、今度は以前見付けた古い空き屋の様子を見に行った。場所がちょっと分かりにくいせいか、まだ手つかずでいた。とても長めのいい奥まった場所にあって、キレイに改築したらいい感じになりそう。実は土地台帳で調べてトレンティーノのドイツ系貴族が周辺一帯の土地と一緒に所有していることも分かった。思い入れのある一件。
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(市役所)
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(コルシッチ)
s.floriano
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(すてきな廃屋)
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(廃屋からの景色も最高。)
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 この後友達とヴォグリッチ(通称Riodelleリオデッレ。ゴリツィア方言で小さな車輪のこと。)で落ち合う約束をしたので、イヤでもそこまで歩いて行くことになった。これはサン・フロリアーノからゴリツィアへ向かう途中、ジャスバーナ、モッサ、コルモーンス方面に向かう道に入ってすぐのところにある。この店でカプチーノをすすりながら、友達を待った。www.vogric.it〔定休日は火曜日と水曜日〕
 サン・フロリアーノのチェントロで友達の車を降りた。この日は朝若干曇っていたんだけど、午後はからっと晴れ上がった。まずは教会広場からフォルメンティーニの城の方へ。ここは結婚式の食事会とか祝宴の会場としても有名。ただ見た目は城というよりvilla〔邸宅〕という感じ。
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 ここからゴリツィアへの最短コースでもある「犬の道〔と私が勝手に呼んでいるだけ〕」を30分ほど散歩。この道を通るとそれぞれの家の前を通る度に犬に吠えられ、ついて来るのまでいる。サン・フロリアーノに最近家を買ったという人に友達が「コッリオの生活はさぞかし静かで落ち着くでしょう?」と聞いたら「1日中トラクターの音と犬の鳴き声でうるさくてかなわない」と答えたらしい。トラクターは場所や季節にもよると思うけど、犬に関しては事実。
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 途中で何件か売り家を発見。サン・フロリアーノ沢山のファンがいる土地で、で家を持つのはとても難しいと言われている。確かにコッリオに住みながら町〔ゴリツィア〕にも近い、というのは魅力的。空き家があるとなんとなくチェックしてしまう。
 帰国を前に、予定をぎちぎちに入れた生活。資料収集や人と連絡を取ることを優先している。先週の金曜日も朝からコピー屋と図書館へ。昼食はオスラヴィアのプリンチッチさんのところで取ることにした。プリンチッチ家の3人と気の知れたお客さん達と一緒に取る食事は美味しくて楽しい。メインの肉の質が高いし、ダリオさんの焼き方も絶妙。皿は「自分で塩をかけて味の調節してね」と無造作に供されるけど、別に気にもならない。いつものメンバー〔客〕が家族の一員のように場にとけ込んでいる不思議な空間だ。
 この日ゴリツィアーノの友達を誘って行ったら、別の高齢カップルとたまたま知り合いだったらしい。何でも子供の時に通っていた食料品店のご主人の親友だとかで、店でいつも顔を合わせていたらしい。あの店のプロシュットは最高に美味しかったとか、数学が得意だった夫婦の子供達は今エンジニアや教師をしている、なんて話まで。小さなゴリツィアならではのお馴染みの場面だ。
 この店は日本人のワイン関係の人に教えてもらった。店といってもおおっぴらにやっているわけではなく、あくまで口コミで広がる範囲の人達が「プリンチッチ家の面々と食事をする」のが建前。帰り際に奥さんが「私たちにとってワインというのは日常的な飲み物だけど、日本人の彼らは少し違うとらえ方をするのよね。情熱を注いで、職業的に専門的に捉えているっていうか…。」と言っていた。連れて行った友達は「日本人は他国の文化をよく勉強するようですね。」と反応していた。同感。
 この後近所を少し散歩したら、野原や雑木林は一面サクラソウやクロッカスでびっしり。絵に描いたような「お花畑」だった。あまりにも天気がよいので、仕事に戻る友達の車をサン・フロリアーノで降り、夕方まで散歩することにした。
primule
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に最近はまっている。トレヴィーゾ県にあるビバーノという町で生まれたパンというかクラッカーの一種。イタリア料理屋で食事の前に供される、ぼそぼそ食べるアレです。
 隣のトレヴィーゾ県の影響を強く受けているポルデノーネ県出身の友達の家に夕食を食べに行ったとき、「私ビバネージ食べよ。ビバネージ、知ってるでしょ?」〔彼女〕「何それ?」〔私〕というやりとりの後、動物柄の袋入りビバネージを食べた。オリーブオイルと白胡麻の風味が豊かで、手作りの温かみもあり、1つ2つつまむ分には膨張感もない。それ以来ゴリツィアで動物柄の袋入りビバネージを探していたら、近所のPellicano〔スーパー〕で発見。
 確かトレヴィーゾに行ったときもこのビバネージがレストランのテーブルに置かれていたと思うんだけど、食べた記憶はない。食事の前にはお腹を膨らませたくないので、パンとかグリッシーニとかこの手のものにはあまり興味がなかったのだ。
 ゴリツィアーニに「ビバネージ知ってる?」と聞くとみんな「?」という反応。写真を見せるとみんな「あ~」って言うけど、名前は知らないみたい。
bibanesi
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